最後のお見送り。(この命にありがとう)

 

咲き誇るモッコウバラ。

(我が家のリビングより臨む。)

 

 

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今年は「当たり年」だったのか、

「咲き誇る」という言葉がピッタリの我が家のモッコウバラ。

 

母が大好きな風景です。母に見せたかった。

 

そして、もっと母の好きなメニューを作って食べさせたかった。

 

もっとたくさんお喋りしたかった。会いたかった。

 

思いは募るばかりです。

 

キリがないけれど・・。

 

 

 

母が脳梗塞で倒れて奇跡的に生還した後の26年間、母にとっては「オマケのような人生」だったかもしれない、と思ったりします。

オマケにしては、長い時間でしたし、特に私たち家族と暮らした18年間は、それはそれは本当に楽しすぎる時間だったと思います。

 

 

 

 

わたしは「母を笑わせることがわたしの仕事」

と決めて行動していました。

 

それは時には衝突することもありましたが、普通に暮らしている家族ならば、そんなことはあり得ること。

 

体が不自由でいながら、よくあんなふうに笑っていられるな、というほどに、母はいつも笑顔でした。

そんな母からわたし(わたしたち)は、本当に幸せをいっぱいもらいました。

 

 

 

母を家に連れ帰った4月2日。

 

母、わたしたち家族と、極々親しい方々と過ごしました。

 

皆さんが口を揃えて仰いました。

 

 

「笑ってらっしゃいますね。こんなに美しい死に顔を見たのは初めてです。」

「どれだけお幸せだったのかということが、伝わってきます」

「幸せな人は、亡くなっても幸せなお顔なんですね。」

 

 

わたしは、母を施設に預けた最後の2か月間にばかりフォーカスしてしまい、母に申し訳ないという思いの中にいました。

 

 

寂しかったよね、ごめんね、と。

 

 

しかし、皆さんのあたたかいお言葉に救われました。

 

 

そして、家族の言葉にも助けられました。

 

 

 

「あれが最後であったとしても、18年間の中のたった2か月なんて長い時間じゃない。

18年間、娘や孫に囲まれどんなに幸せだったか・・思い出してみて。これ以上の幸せないよ。」

 

「体の不自由なおばあちゃんを18年も介護し続けるなんて、そう出来ることじゃないよ」

 

「弱っていくおばあちゃんを見るのも辛かっただろうし、2か月間離れていなかったら、もっとつらかったと思う。

おばあちゃんも、家族も、施設のスタッフの皆さんも、みんながその時々で、思いやりと優しさで動いていたよ。」

 

「最後までご飯を食べて、最後までお喋りできて、そのまま、眠るように意識がなくなったのだから、ピンピンコロリが目標と言っていたおばあちゃんの理想通りだよ。」

 

 

 

 

うん、本当にそうだよね。

と言いながら、やっぱり、悲しみがあふれ出します。

 

 

 

・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

葬儀は母が一番喜んでくれるだろうなあということを形にしました。

 

 

壁には母との思い出写真の中でお葬式をあげました。

一番母が長い時間いた、みんなが集まる自宅のリビングです。

 

 

 

 

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お葬式が終わると、ベランダのモッコウバラを摘んで

 

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棺の中に入れました。

思い出写真と、わたしからの母への最後のお手紙を胸に置きました。

 

 

youko

 

 

 

 

 

大好きなお母さん

 

78年間、おつかれさまでした。

そしてわたしたちと一緒に暮らしてくれてありがとう。

長い間ではいろんなことがあったけど、お母さんと暮らせた日々、

わたしは本当にしあわせでした。

お母さんはしあわせだったかな。

最後の2か月はさみしくなかったかな。

そればかりが気がかりです。

思い起こせば楽しいことばかりです。

お母さんの笑顔ばかりです。

お母さんの笑い声ばかりです。

 

だんだん弱くなって、どんなに不安だったことでしょう。

わたしはちゃんとお母さんの言葉を聞いてあげられていたかな。

お母さんの心に寄り添っていてあげられたかな。

 

お母さんがいつもわたしに言っていた

「わたしは本当にしあわせだから、わたしが死んでも笑って送り出してほしい」

という言葉を、信じて、わたしは、お母さんを送り出します。

 

 

それでもやっぱり涙が出ます。

 

 

 

今まで本当にありがとう。

そして、ごめんね。

 

52年間、ずっとお母さんの娘でいさせてくれてありがとうございました。

 

これからはお母さんのいない生活になります。

寂しくてたまりませんが、家族で力をあわせてがんばっていきます。

これからは天国で、これまでと同じように、わたしたちのことをどうぞ見守っていてください。

 

どうぞやすらかに。

 

 

玲子                               

 

 

 

・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

(倒れる3時間前の母。これが最後の姿となりました。)

 

 

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出棺前、最後のお見送りの時に、母が大好きで毎日のように歌っていた歌を流しました。

竹内まりあさんの「いのちのうた」です。

 

 

YouTubeの音源を流しながらわたしもよく母と一緒に歌いました。

 

 

 

 

 

 

 

不思議とわたしは、母が死ぬときのことを

いつも想像して歌っていました。

母も同じ気持ちだったと思います。

 

 

 

「本当に大事なことは隠れて見えない。

ささやかすぎる日々の中に

かけがえのない喜びがある・・・

 

 

この命にありがとう・・」

 

 

 

最後の最後のお見送りまで、

母が喜んでくれることだけを考え続けました。

天国でも母がずっと笑顔でいてくれますように。。。

 

 

 

 

 

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